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2008年 07月 04日

同居人


今の部屋に住みだしたのは、15年前。

気が付いたら同居人がおった。

仕事で疲れて帰ってきたのに、存在感をあらわにして

イライラさせる。

夜中から朝にかけてゴソゴソ、ゴソゴソ。

「ええ加減にしてくれ!!」と言いたくなる気持ちを

我慢して・・・

日を追うごとに我がもの顔になってきたから、棒でつついたりした。

「頼むから、夜くらいはゆっくり寝かしてくれ~!!」

それでしばらくは大人しくなってた。


それから10年経って、奴は出て行った。

こんなうるさいこと言う女は、疎ましくなったんかな?

なんかちょっと淋しくなった。

けど気が付いたら、出て行った奴がお隣におったらこれまたビックリするやろ?


最近は、隣でゴソゴソしてる。

図々しいな~ ;なかなか強かな奴や。

それで

天気のいい日は、たまに家にも遊びに来るんよ。

家の物干し竿を止まり木にする奴。。。

ええ声で鳴いてくれるよ。



家の屋根裏に同居してた奴は、通風孔から入って

巣を作って、小鳥を育ててたんよ。

何の鳥か名前は知らんけど・・・

だいたい2月くらいに住みついて、5月くらいに巣立つんやけど

今では、お隣の屋根裏で巣を作って子鳥を育ててる。

もうこの時期には無事に成長して、親子でその辺を飛び回ってますわ。

たま~~に、家の物干し竿に止まって遊んではる。


一時とは言え、同居してた仲やから他人には思えん。

いや勿論、他人どころかこっちは人間で向こうは鳥やけど。

居る時は面倒くさくて、おらへんようになったら淋しい。て、

得手勝手なもんやな~


今考えたら、当時淋しいと思ってた私の気持をわかってくれてたんかも。

とてもおおらかでは居られへん状態やったから、疎ましがってたけど

私にとったら、例え鳥でも大事な存在やったんかな~?と思うわ。

おらへんようになってから、気が付くて皮肉やな。

何でも、寄って来てくれるのはありがたいことや。

そんな存在を、大事にせんとあかんな。

ばちが当たるわ。




ええよ~! いつでも何ぼでも遊びに来てよ~!


けど、竿にフンを落とすんだけはやめてな~~~~ 


あとが大変やねんから。


別居しても手間掛けさせる奴や。。。(^^;)


それでもええヮ、相手されんよりマシや。

by lucky-powder | 2008-07-04 11:16 | ほのぼの | Comments(0)
2008年 06月 28日

尊厳


もう6月も終わりやね。。

月日が経つのはホンマに早い。
そう言えば、従姉妹の子供が天に昇ってから2年になるか・・・・
従姉妹の子供と言うのは前に”シバの女王”で書いた従兄弟の甥にあたるんやけど、
彼もまた因果なことにこの世を去っている。

子供の頃から相撲をやっていて、高校ではかなり頑張ってて
某相撲部屋からお声が掛かってたくらい実力があった。
彼はその道を選ばず、教育者として指導していきたいと言う思いがあって
大学に進学し、一生懸命精進していた。
ところが、大学へ行きだして間もない頃、体調をくずしていたにも関わらず
ハードな毎日を送っていたせいで、無理がたたり倒れてしまった。
若さと言うのは罪や。
ちょっとくらいのしんどいことでも、何でもないように思ってたんかな?
「あ~しんど・・・」程度に誰もが思ってた。
あんまり長引くから、病院へ通いだした。
検査したり、色々やったけど軽い疲れと、環境が変わったことがたたって
ストレスが出てきたのか?と、治療してたけど
結局、その甲斐も虚しくあの世へと旅立ってしまった。
前触れはあったんやろうけど、それが原因かどうか誰にも判断が出来ひん。
だから突然としか言いようがない。
18歳やった。
従姉妹や伯母は悔やんでも悔やみきれず、わが身を恨んでいた。
何で、気が付いてやれなかったのか?
何でもっと早く・・・何で?何で?・・・・・
伯母はその前の年に息子を亡くしているからよけいに落ち込んでしまって、
一気に老け込んでしまった。

ええ人は早くこの世を去るというけど、それにしても早すぎるやろ?
二人とも、今まで一生懸命に頑張って生きてきたというのに、
何が悪かったと言うんや?
この世で一番大切に思って、大事にしてきたものを、何の断りもなく
奪っていくって、どういうことなんやろう?
運命?そんな言葉で簡単に片付けられるのはむごすぎるわ。
私は未だに現実を受け入れることが出来んといる。
けど、残された伯母や従姉妹達は現実を通り過ぎて夢でも見てるみたいや。

伯母と従姉妹は、私に会うたびに周りを気にせず泣く。
あの時のことを悔やんで泣く。
自分を責めて、責めて、戒めて。
子供を奪われたという意味では、同じ立場の二人は
お互いを支え、慰めあって生活している。
「あんたもこっちに来て、一緒に暮らそう」と、冗談交じりに
やや本気で私によく言う。
例えば、今私が電話をかけただけでも言葉にならず、泣き出す。
私はどう慰めてやっていいもんか?と、辛くて言葉を失う。

介護の仕事をしている時も、重篤な方達のお世話をしていたことから
多くの”死”を目の当たりにしてきた。
例えそれが他人であったとしても、命の火が消えていくのを
どうして受け入れることができる?
私にはそれが出来んかった。
あまりにも辛すぎて、悲しくて、淋しくて・・・
仕事から帰って泣いてばかりおった。
それやのに身内が奪われたら、泣くどころの話やない。

人の命がなくなるということは、その人の存在そのものがなくなるんや。
思い出の中に生きてる・・・て、言うけど
思い出ほど儚くて、淋しいと思うもんはない。

むかし、ある人に「親孝行て、親より例え一年でも長く生きることや、
先立っていた人の分だけ、それ以上に自分を大事にして生きていくことや。それが
残された者の努めやし、与えられた義務や。」
そう言われたことがあったけど、今はホンマにその言葉が身にしみるほど
実感してる。

何かをしてあげんといかんのじゃなくて、その人の愚痴や不満や
淋しさ、悲しさ、それから努力を認めて受け入れてあげるだけでも
心の支えになってるんと違うかな?
形になることなんか何一つ出来ひんけど、せめて側に誰かが居てあげるだけでも
慰めになるんやったら、そうしてやりたいと私は思う。


来週その従姉妹の子の3回忌がある。
あの二人、また泣くんやろうな・・・
泣いた顔を見るのはホンマに辛い。
みんな仲が良かったから・・・


二人は相変わらず泣くから
ホンマはその分、私が泣けんでつらいんよな。。。


残された者達が悲しいと思えば思うほど、
先立っていった人達は、
命という”尊厳”が、どれほど大切でありがたいものか
ちゃんと教えてくれてるんやろうな・・・て
最近そう思うんよね。

by lucky-powder | 2008-06-28 12:12 | ノスタルジー | Comments(0)
2008年 06月 25日

今の私


私、死にたいと思ったことが一回だけあるんよ。

この私がよ。
信じられへんやろ?

あの頃・・・・・

中学を卒業して就職し、定時制高校に通い始めてから
疲れるだけの生活を送っていた。
ただ毎日をコツコツ、コツコツと意味なく生きていた。
そんな生活を送り始めて2年が経った頃、急に何もかもが嫌になって
逃げ出してしまいたくなった。

その日もいつもと変わりなく家を出て、職場に行き学校へと通い
そして校門を出てから、帰路についた。ところが、
違ったのは電車に乗らず、いつもの駅を通り過ぎてひたすら歩いていたこと。
音も耳に入らず、景色も目に入らず歩いた。
そこがどこなのかはどうでも良かった。
とにかくどこかへ行ってしまいたくなった、いつもの場所から違うところへ
逃げたかった、その一心やった。
どれくらい歩いたかなんか気にならない、足の痛みも感じない。
頭の中はからっぽやった。

街の明かりは遠くなって、人の姿も消えていって、時々車が通るだけ。
なんかこの世には自分しかおらへんような・・・そんな感じかな。
そのうち空が白んできて回りの景色が薄っすらと見えてきた。
始めてそこがどこなんかわかったのは、すぐ側が海やったこと。
人も車もないから、波の音だけが聞こえていた。

「このまま海に入っていったら死ねるかな?泳がれへんしちょうどええわ。」

今までの色んなことを思い出したら涙が出てきた。
何でこんなになってしもうたんやろ?
貧乏やし、親同士の喧嘩はしょっちゅうのことやし、何をやってもうまいこといかんし、
最低の人生や。
ずっとこんな生活から抜け出されへんのやったら、死んだ方がええかも知れん。
世の中はせっしょうや、誰も助けてはくれへん。
そんなことをあれやこれやと、考えて波をずっと見てた。


けど

なんやろ・・・・ホンマに綺麗な話で悪いけど、
その時私、空を見たんよ。
そしたらね、ものすごい大きくて綺麗な朝日が昇るのを見たんよ。
西の方はまだ星とかが残ってても、東の方から遠慮なく太陽が昇ってきた。
それ見て、感激したわ。
そしたらこれが最後や・・・て、思わなくなったんよ。
不思議やった。
すぐさっきまで死にたいと思ってたことを、瞬間に忘れてた。

「わ~!キレイや~!」

いつも変わりない、つまらん人生やと思ってたけど、違うと思ったんよ。
こんな綺麗なものが明日はもっと綺麗かも知れへん。
太陽も自分が必要やとわかって昇るんや。
毎日同じように昇ってても、今日より明日、明日より明後日て、一生懸命や。
それやったら見るほうも、ちゃんと見てあげんとあかん、
ちゃんと生きて、一生懸命見よう。て思った。
ひょっとしたら、私を必要やと思うことがあるかも知れん。
こんな綺麗な景色・・・・
これからもずっと色々綺麗なものが見れるんやったら、見たい!そう思った。

生きていくことを決心した途端、死ぬことが急に怖くなってきた。
おまけに、足がめちゃくちゃ痛くなってきて
これが生きてる証しなんや・・・としみじみ思ったりして。

「あほなことしてんと、家帰ろう・・・」
帰りは電車に乗って帰った。
だって、足が痛くてもうこれ以上歩かれへんもん。

帰りの電車の中でうずいた足をもみながら反省した。
生きていくって大変や。
けど、何もないのも面白くないな。
生きていくからには、色んなことをいっぱい乗り越えていかなあかん。
みんなそうやって頑張ってはるんや、私だけ逃げたらあかんよな。
頑張ってたら、絶対にええことあるよ、辛いことを乗り越えたら、ええことが必ずあるわ。
家に帰ったら、親にメチャクチャどやされた。
これも試練や・・・と思って謝りまくった。
けど、よう考えたらすごい心配かけてたんや。
もうちょっとで警察のお世話になるとこやった。
親は姉がしょっちゅう家出をしてて、あげくに事故で死なせてしまったから
余計に不安でしょうがなかったらしい。
尋常じゃないくらい親が怖いと久々に思った。

貧乏でもなんでも、死んだら終わり。
楽しいこととか、嬉しいこととか、何も知らんと死ぬのはもったいない。
そら嫌なことも辛いこともいっぱいある。
人間は生まれた瞬間から死に向かってるていうくらいやから、せめてそれまでに
色んなことを見て、聞いて経験するのもええんと違う?

あれからの私もそらぁ色々あったよ。
19歳で出来ちゃった結婚して、その時の子供は流産したし、
その後2人子供生んだけど、結局離婚して・・・
一人で家を出る羽目になって、昼も夜も一生懸命働いた。
泣くこともいっぱいあった。
けど、おかげで良いこともいっぱいあったよ。
仕事に恵まれ、人間関係にも恵まれ、楽しく生きてる。


最近は、テレビをつけたら毎日誰かの命が消えていく。
残念でしょうがない。何でよ?
せっかく与えられた命を誰にも奪う権利はないし、無駄にしたらあかんのよ。
大事にしようよ、それが何ものにも変えられへん
一番の宝物なんよ!!

あの時、綺麗な朝日を見たこと忘れてないよ。
もっと綺麗なものを見たいし、美味しいものを食べたいし、楽しいこともしたいから
私は今日も一生懸命に生きてる。
生きてることで、何一つ無駄なことはないんよ。
生きてる限り、絶対に良いことがあると信じてる。
絶対、あるよ。
だから諦めたらあかんのよ。
こんな世の中や・・・と思うかも知れへんけど、
まだまだ捨てたもんと違うよ。


みんなで、おもしろおかしく生きていけたらいいやん。
みんなで一緒に幸せになろうよ。




今の私があるのは、

生きるという望みを捨てさせなかった、あの時の朝日と

みなさんのおかげです。



どうもありがとう   (^^)V

by lucky-powder | 2008-06-25 12:48 | ノスタルジー | Comments(0)
2008年 06月 17日

へその緒




20年前、結婚生活が破綻し家を出た。
どうしても修復することが出来ず、決断した離婚。
心残りは2人の息子達。。。。

「お父さんとお母さんは、もう一緒に居ることが出来なくなりました。
君達はどうしますか?お母さんと家を出るかお父さんとここに残るか?
自分で考えてください。」


勿論、本心ではないけれど本人達に決断させることで、納得させるつもりでいた。
ところが彼らの決断は私が思っていたのとは違い、衝撃的だった。

「僕達はここに残る。学校もあるし友達もおるし。お父さんと男三人で仲良く暮らしていく。」

「お母さんは強いし何でも出来るから、一人でも生きていけるけど、お父さんは淋しがりやから
僕達がいなくなって一人ぼっちになったら死んでしまうかも知れへんやん。」

「わかった。じゃあ、弟のことは頼んだよ。仲良く頑張ってお父さんを助けてあげてね。」

彼らは目に涙をいっぱいためて、泣きたいのを必死で我慢していた。
今までは
「男の子はどんなことがあっても泣いてはいけない!」と、言い聞かせてきた。
彼らは最後まで強がることで、なんとか私を思い留まらせようとしていた。
「今日は泣いてもいいよ、怒らないから。」
「僕は男の子やもん!弟を守らんとあかんから絶対泣かない!!」

私はなんてひどい母親なんだろう。
声を殺して泣く息子達を置いて振り返ることなくそこを出た。
彼らは追いかけてこなかった。

10年後の彼の成人の日。
この日をどれほど待ち望んだことか。
私の願い事が叶えられる時がきた。
立派に成長した息子と会える・・・・・
人ごみの中から自分の子供の姿を、探せるのか?
そんな不安は一瞬にしてかき消された。
あんなに沢山の人ごみから現れた息子はそこだけが違う色に見えた。
涙を、感情を抑え、毅然と構えて息子を迎えた。
「大きくなったね。」
「お母さん?変わったね、違う人みたいやん。」
息子は私の頬を優しくなでながら微笑んでくれた。

そして色んな話をいっぱいした。
彼らは思ったより大人で、私達夫婦の不仲を理解していた。
生活が苦しいことも、それを補うために内職をしていたこと。
強いと思っていた母親が実は弱く、よく泣いていたこと。
全て理解しているからこそ、出て行く私を止められなかったと。
子供だと思っていたが、私達夫婦はそんな気苦労をさせていたのだ。

「お母さん、あの時の約束覚えてる?僕が大人になったら絶対会いに行くから、それまでは
頑張って強いお母さんでいてねって。ちゃんと守ってくれたんやね、ありがとう!」

「ごめんね、二人をおいたまま出てきたことすごい後悔してるんよ。苦労掛けてごめんね。」
「後悔しちゃ駄目。それは後を振り返ることと同じこと。
でも、反省はするべきかな?もう終わったことだし
お父さんも僕らも今まで一度もお母さんを恨んだり、憎んだりしたことはないよ。
お母さんには変わりないんやし、だから今があるんやし。」

そう言ってにっこりわらった。

私は言葉につまってしまった。
彼が私の知らない間に、こんなに大人になっていたなんて。
一人になった私なんかより、ずっと淋しかったろうに、悲しかったろうに、つらかったろうに。

毎日泣き暮らし、時間を忘れるように昼も夜も必死で働いて・・・
そんな私なんかより彼らのほうが苦労を重ねてきたことを思うと、
心が張り裂けるように痛くなった。
彼は彼なりに自分を失うことなく、弟を守り頑張ってきた。

「お母さんはお母さんの人生。もう無理しなくても良いよ。僕も結構好きにやってるし、ね!」

ありがとう、本当にありがとう私を忘れないでいてくれて。
今日まで頑張って生きてきて良かった。
後悔する毎日だったけど、これで一つの荷物をおろすことができる。
私は人目も気にせず涙を流し、こらえきれずに泣いた。
そんな私を息子は優しくいたわってくれた。


b0141519_16424143.jpg



私と息子の10年の月日がやっと埋められたような気がした。
あの時、もう完全に切れてしまったと思っていた親子の絆、
”へその緒”はまだ繋がったままだと実感できた瞬間だった。

by lucky-powder | 2008-06-17 00:00 | ノスタルジー
2008年 06月 11日

嘘つきは泥棒の始まり。。。

子供の頃から「嘘つきは泥棒のはじまり。」と、

親や周りの大人からよく言われた。

嘘をつくときってどんなときやろう?

つい最近も、知り合いがすごい怒ってた。

「どうして嘘をつくのか?」って。

世の中には嘘のせいで悪くなることは当然のことで、

逆に仕方がないときもある。

気の弱い人が嘘をつくときは ”自己防衛のための手段”

なんやろうな・・・・?

自分を上手に表現することが出来ひんから、どうしても

そんな手段を使ってしまうのかな?

けど、そんなことしたらずっと嘘をついていかんとあかん。

それは自分自身も見失ってしまうことになるやん。

悲しくなるばっかり。。。。

なら、仕方のない時はいつ?




ほんの2年前

私は介護の仕事をしてました。

重篤な利用者さんたちが多くて、その人たちのお世話をしていました。

その人たちはとても心が優しくて、全てを受け入れ達観していました。

私が一生懸命お世話をさせていただくだけで、少しでも心の支えになればいいと

思っていました。

いろんな話をして一緒に笑って、そして一緒に泣いて・・・・

私が一番人間らしくなれたときでした。

そんな人たちでもやっぱり迫ってくる恐怖に耐えられず、

弱音を吐いてしまうことがあったりして。

中には自分が今、どんな状態なのかわからない人もいました。

何かを感じているのか、

「もう終わりかな~?」 て。

「そう?今日は顔色も良いし、無理しないでゆっくり養生していけば

元気になれるよ~!」 と、笑ってごまかす。

私はとてもその場にはおれず、

「足湯の用意してきますね~」 と何かと理由をつけて逃げる。

そうやって、ほぼ毎日”嘘”をついていた。

ここでは唯一、嘘が許されていた。

そんな状態が約2年も続いて、辛くて耐えられなくなって

結局はその仕事を辞めてしまいました。



弱虫だとか、根性がないとか言われてもいいから、

嘘をつかなくてはいけない現実から逃避したかった。




嘘をつくことは、本当はあかんことやけど

そうせなあかんことも、時と場合によってはあるし、

それは暗黙されている。

人間は神や仏様じゃないから、完全ではないし、

野心もある、執着心もある、煩悩も山ほどある。

嘘をつかない人なんかおらへんよ。

けど、嘘のない心を持っていれば、人は信じてくれると思う。

自分だって嘘をつくんやから、人のことを言う前に振り返ってみる。

人を傷つけたり、陥れたりする嘘は自分をも裏切ってしまうよ。

それだけはやめとこう! て。


そうやって世の中がうまく回ってることだってある。

人を助けることになるんやったら、上手に嘘ついて諭してあげたらいいやん。。。。 ^^

私は、そうやって自分に言い聞かせながら日々暮らしてる。






ちなみに私は見えすいた嘘をつくと、胃が痛くなるけどね。。。。 ;

by lucky-powder | 2008-06-11 11:23 | 人間模様 | Comments(0)
2008年 06月 10日

恋する乙女

初恋の人て、誰にでもおるよね?



私、小学校の一年の時は嘘みたいに大人しくて内気な子やったんよ。

今の友達は想像も出来ひんと思うけど。。。 ^^



当時すごい好きな子がおって、いつも遠くから見てるだけやった。

今時の子供達は、ませてたりするから告白しよるけど、

私等の時代は、そこまで発育してないしそんな知恵もついてなかった。

ホンマに大人しい私やったから、子供らしくて元気のいいクラスメートが

羨ましくも思ってた。

特に、その子は目立つ存在で皆から好かれてた。

結構、リーダー格やったりして・・・

だから余計に憧れてたんやけど。


ある日

授業が終わって、掃除も終わって、帰り支度をしてたら、

なんとなく私をからかってみたくなったみたいで

一人だけ教室に閉じ込められそうになった。

私は何も考えられず、皆を振り切って思いっきり走った。

途中の景色も、車も、何も見れなくて必死で走った。

結局、家の近くまで追いかけてきてあきらめたみたいで、

出くわした妹に

「ごめんね。」て、言うて帰った。

部屋に飛び込んでからも悲しいのと、切ないのとで涙が出たりして・・・

それから学校へ行くのが面白くなくなった。

言えば、ショックで冷めてしまったんやろうな・・・・



3年後、子供の数が多くなって校区が分けられるようになって、

転校しなくてはならなくなった。(すぐ隣の町やけど家は境界線やった。)

新設の学校やったから、楽しみもあったけどつまらんのはかわらなかった。

で、中学校に進学したけど

結局、前の小学校との統合やから以前のクラスメートとは

会うハメに。

その時、また例の子に会うわけやねんけど、

一緒のクラスになったのは2年の時。

前よりちょっと大人になったその子は、誰に対しても優しくて

頭もいいし、スポーツも万能やった。

どう考えても、釣り合わん。

私は頭悪いし、可愛くもないし、ええとこなしやん。

ある日「好きな子おるん?」て、

聞くか?そんなこと?

私はドキドキしながら「○○君・・・」て、全然違う子の名前を言うてしまいましたわ。

最悪や。。。。。 ; 「違うよ、ホンマはあんたのこと!」

て、本人を前にして言う勇気はなかった。

でも、その子・・・

誰にも言わずに内緒にしててくれたんよ

しかも、今までやで。

と言うか、感心がないから忘れてるとも言えるけど

その優しさに、また惚れ直したりして。



その彼は当然、結婚もし、子供もできて幸せな生活をしてるんやけど、

今でも会いに行こうと思えば、いつでも行けるところにいる。

いつ会っても、「お~~~! 久しぶり~!!」て、

握手したりして。

もうええおっさんになってはるわ。

まぁ 私もかなりええおばはんやけどな ^^

その彼に会うと、いまだに胸がときめく。

昔のいいことだけを思いだすんよ。。。。



「わたし、あんたのことが好きやったんやで・・・」

て、心の中でささやいたりしてな。

当然、今では笑い話やけど ^^




その瞬間だけは、昔のように

恋する乙女になってますヮ。。。。。

淡い恋心っていいよね~





初恋はずっと心の中で大事にしまっておくのがいいよ。

誰にでも、こんなキュンとした経験あるやろ?

by lucky-powder | 2008-06-10 11:56 | ノスタルジー | Comments(3)
2008年 06月 09日

シバの女王

先日、某企業のコンサートに行ってきた。

友達のご主人が、バンドメンバーでドラムをやってる。

3ステージの小規模やったけど、結構楽しんでいた。

終盤に差し掛かった頃、

遠くに忘れかけていた曲が・・・・・

「あ・・・これ、シバの女王やん」

懐かしいのと、淋しさが込みあげてきて

自然と涙が溢れてきた。

ステージをまともに見ることができずに、場所もわきまえず泣いた・・・・・




今から3年前の1月5日、大好きやった従兄弟のお兄ちゃんが死んだ。

享年49歳、原因不明の急死。

お兄ちゃんは子供の頃からずっと私のことを気に掛けてくれてて、

離婚してからは、余計な心配をかけていた。

ちょうどその3日前にも一緒にお酒を飲みながら、騒いでたのに

ほんまに信じられなかった。

「俺はお前のことええ子やと思うてるし、優しいし、明るいし、ほんで一生懸命頑張ってるし、

幸せになってほしいわ。どないや?食事に誘ってくれる人が、一人や二人は居ってもええや

ろ?」

「また~! えらい珍しいこと言うてくれるなぁ。 心配ないよ、こう見えても引く手数多やから

皆、番号札持って、順番待ちしてて忙しいよ。」

「そうか・・・それやったらええんや。 いつまででも一人で居ったら淋しいだけやから、

再婚までしなくても、彼氏くらいはな!」

そう言いながら、ニコニコ笑ってた。



心配ばかりかけてたから、思いっきり冗談飛ばして、大笑いして・・・・

一人になってからの私を、誰よりも心配し、励ましてくれていたお兄ちゃん。

そのお兄ちゃんが好きだった、ポール・モーリア。

当時はCDなんかと違って、LP版レコードやったけど

そのアルバムをお兄ちゃんは沢山持ってて、その中に

”シバの女王”が入ってた。



今まで、なかなかお兄ちゃんが死んだという現実を受け入れられなかったけど、

”シバの女王”を聞いた途端、

溜まっていたものがはじけた様に、涙があふれ出て

止まらなくなった。

いきなり現実にぶつかった。

一緒にお酒を飲んだその日を含めて、過去の事が一気に頭の中を走り回ってた。

どないしようもなく泣けた。

思いっきり泣いた。



しばらく泣いて、ふと我に返った。

演奏が終わるまでに、涙を拭いておかんと・・・・そう思っていたのに、

神様は意地悪や。





アンコールにかかった曲が、

”オリーブの首飾り” 名曲や。。。

これっってマジシャンが出てきた時に流れる曲やから、

普通やったら、笑いがでるやん?

やめて・・・・・

ホールが明るくなっても涙が止まらず、まだ泣いてた。


友達が「思い出の曲やってんね。」と、優しく言葉をかけてくれたから

余計に泣けてきた。

今度はその友達の優しさに涙が止まらなくなった。

「ありがとう・・・・」





お兄ちゃん、

私は元気やで。

ええ友達が沢山居って、楽しく生きてるよ!

心配せんといて。

今、充分私は幸せやから・・・・・



その晩

また、泣いた。

今度は遠慮なく、思いっきり泣いた。で、

お兄ちゃんを偲んで、家でお酒を飲んだ。




誘ってくれた、チチご夫妻へ・・・・

ありがとうね~ ^^

おかげで半分くらいお兄ちゃんのことを受け入れることができました。

そのうち、ちょっとずつでもお兄ちゃんを思い出しながら、

全てを受け入れるようになるね。




ええ一日やった。

by lucky-powder | 2008-06-09 12:06 | ノスタルジー | Comments(4)
2008年 06月 06日

拝啓

   拝啓


   元気にしていますか?

   あなたと再会してから、4年が過ぎました。

   弟はどうしていますか?

   あの時、私のわがままであなた達をおいて出てきたことを申し訳なく思っています。

   特に、弟が深い傷を負ったと知り、本当に罪深いことをしたと反省する毎日です。

   ごめんなさい。

   二人ともすっかり大人になったのでしょうね?

   私は家を出てから今まで、あなた達を忘れたことは一度もありません。

   この10数年必死で働き、私なりに一生懸命夢中で生きてきました。

   おかげで多くの人たちに支えられ、裕福ではないけれど幸せに暮らしています。

   ただ一つだけ、あなた達に逢えないという事を除いては・・・・

   あの時あなたと一つの約束をしましたね。

   「傷ついた弟がもう少し大人になるまで、そっと見守っていてくれ」と。

   私はひたすらその言葉を心にしまい込んで、きっと逢えるその時が来るのだと

   心待ちにしているのです。

   これから先、何年経とうとあなたの言葉を信じて待ちます。

   それが私に与えられた試練だと思っています。

   今まで何一つとして、してあげられなかった報いとして甘んじて受けます。

   本当にごめんなさい。

   立派に成長したあなた達に逢えることを楽しみにしています。

   くれぐれも体に気をつけて・・・・







   

                                      

                                   愛する息子達へ 

                                   
                                   2008.6.6   母より      







 

by lucky-powder | 2008-06-06 11:37 | ノスタルジー | Comments(0)